【百人一首・日英独訳】第7首 阿倍仲麻呂「天の原」|意味・背景と独自の解釈

百人一首絵札007番の画像 百人一首

百人一首第7首は、阿倍仲麻呂による一首です。遠い異国の空を仰ぎながら、ふと胸に浮かんだのは、かつて見上げた故郷の月。この歌に描かれているのは、帰りたくても帰れない場所を抱えたまま生きる人の、切ない望郷の思いです。

この記事では、歌の背景にある歴史と情景をたどりながら、日本語・英語・ドイツ語の翻訳とともに、この一首が伝える「遠さ」の感覚を読み解いていきます。

和歌の基本情報と多言語訳

YUKI
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まずは、原文と多言語訳から、歌の情景を読み解いていきましょう。

和歌(原文)

百人一首絵札007番の画像「天の原」
「天の原」

天の原
ふりさけ見れば
春日なる
みかさの山に
出でし月かも

— 阿倍仲麻呂

英語訳

When I gaze across
the vast plain of heaven,
is this the very moon
that once rose above
Mount Mikasa in Kasuga?

ドイツ語訳

Wenn ich über
die weite Ebene des Himmels blicke,
ist dies derselbe Mond,
der einst über dem
Berg Mikasa in Kasuga aufging?

現代語訳と歌が描く情景

大空を仰ぎ見ていると、
これは、かつて故郷・春日の
三笠山の上に昇っていたのと
同じ月なのだなあと思う。

「天の原」はどんな情景を描いているのか

見上げているのは、異国の空。けれど、そこに浮かぶ月は、昔、日本で見た月と同じ姿をしています。場所は違っても、月は一つ。

その当たり前の事実が、かえって「帰れない距離」を強く意識させます。この歌は、広い空と一つの月を通して、心だけが故郷へと引き戻される瞬間を切り取っています。

作者と歌が詠まれた背景を深掘り

YUKI
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続いて、この歌を詠んだ阿倍仲麻呂と、当時の時代背景を見ていきましょう。

作者について:異国に生きた学者・阿倍仲麻呂

阿倍仲麻呂(698–770)は、奈良時代の貴族であり、遣唐使として唐に渡った人物です。若くしてその才能を認められ、学問・語学に秀でた人物として、唐の宮廷に仕える官人となりました。異国の地で高い評価を受け、官位を重ねていった点は、当時としては極めて異例なことでした。

しかし、その成功と引き換えに、仲麻呂は日本へ帰る機会を次第に失っていきます。帰国のために船に乗ったものの遭難したり、あるいは計画自体が中断されたりなど、帰国できなかった経緯には諸説がありますが、いずれにしても、日本への帰国は果たせないままその人生を終えました。

長い年月を唐で過ごすうちに、仲麻呂は老いていきます。官人としての地位や名声はあっても、故郷への思いを胸の奥に抱き続けていたと考えられています。異国で成功を収めながらも、帰れぬ故郷を想う――その静かな感情が、この短い歌の中に凝縮されているのです。

歌が詠まれた背景:帰れぬ旅の中で仰いだ月

この歌が詠まれた正確な場面については諸説あります。ただ、共通しているのは、仲麻呂が日本から遠く離れた地で、空を見上げていたという点です。

「天の原」という広がりのある言葉は、唐の広大な大地と重なり、同時に、故郷から隔てられた距離の感覚も呼び起こします。その果てしない空の下に浮かぶ月の姿が、かつて春日で見上げた月の記憶を、ふいに連れてくる。だからこそ仲麻呂は、「これは、あの三笠山に出ていたのと同じ月なのだろうなあ」と、問いかけるように詠んだのでしょう。

月はどこにいても夜空に浮かび、同じように人の目に映ります。けれど、その「同じに見えるもの」が、かえって今いる場所の遠さを際立たせ、戻れぬ時間を意識させる。

この歌が描いているのは、旅の景色ではなく、異国の空の下で、故郷が一瞬よみがえる――その胸の動きです。

千年の時を超えて:管理人独自の解釈

YUKI
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最後に、現代の私たちから見たこの歌の魅力や共通点などを考えてみましょう。

エッセイ:同じ月が、遠さを教えてくれる

この歌の中心にあるのは、「同じ月」です。同じ月を見ているはずなのに、同じ場所には、もう戻れない。その事実が、静かに、しかし確かに胸に迫ってきます。旅とは本来、新しい景色を得るものです。けれど、この歌では、広い空を見れば見るほど、心は過去へ、故郷へと引き戻されていきます。

私も日本を離れ、遠い異国の地に住んでいます。仲麻呂の頃とは違い、飛行機で10数時間で帰ることが出来る時代ですが、それでも桜の木や夜空に浮かぶ花火を見た時、そして満月の夜などは、「ああ、かつて日本で見た景色と同じだ」としんみりと故郷を思い出すのです。

帰れない故郷を想う時、仲麻呂はどれほど切なかった事でしょう。異国の地の夜空に浮かぶ月を見る時、いつも仲麻呂のこの歌が胸に浮かび、1200年以上も前に生きた人と、想いはひとつになるのです。

「天の原」へ応える一首(自作短歌)

同じ月
眼下にありて
故郷へ
翼に乗りて
大空渡る

— YUKI

この返歌では、「同じ月を見ている」という本歌の発想を受け継ぎつつ、現代の我々は「(飛行機に乗って)日本へ帰ることが出来る」という違いを詠んでみました。1200年の時を経て、私から仲麻呂へ送る返歌です。

YUKI
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「天の原」は静かな月の歌でありながら、その奥には、人生そのものの距離感が横たわっています。では次の一首でもまた、異なる形で「人の生」見つめてみましょう。

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※絵札画像出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

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