百人一首第2首は、持統天皇の「春過ぎて」。
春が終わり、夏が来たことを告げるのは、暑さや光ではありません。山に干された「白い衣」が、季節の変化を静かに知らせます。
この記事では、歌の情景と背景をたどりながら、英語とドイツ語訳で味わいます。千年以上前の日本の“初夏の気配”を、今の私たちの感覚で感じてみましょう。
和歌の基本情報と多言語訳

まずは原文と多言語訳から、全体の景色をつかみます。
和歌(原文)

春過ぎて
夏来にけらし
白妙の
衣ほすてふ
天の香具山
— 持統天皇
英語訳
Spring has passed,
and summer seems to have arrived—
for white robes
are spread out to dry
on Mount Kagu.
ドイツ語訳
Der Frühling ist vergangen,
und der Sommer scheint gekommen zu sein—
denn weiße Gewänder
liegen zum Trocknen ausgebreitet
am Berg Kagu.
現代語訳と歌が描く情景
春が過ぎて、夏が来たらしい。
天の香具山には、
白い衣が干されている。
「春過ぎて」はどんな情景を描いているのか
春が終わり、どうやら夏が来たらしい。
そう思ったのは、天の香具山に、真っ白な衣が干されているのを見たから。季節の移ろいを、自然そのものではなく「人の営み」から感じ取っている歌です。
派手な感情はありません。ただ、空気の匂いがふと変わったような、あの静かな瞬間が閉じ込められています。
作者と歌が詠まれた背景を深掘り

続いて、この歌を詠んだ 持統天皇 と、季節の気配が歌になった 当時の時代背景 を見ていきましょう。この一首が生まれた「場所」と「立場」を知ると、白い衣の景色が、少し違って見えてきます。
作者について:持統天皇という存在
持統天皇(645–703)は、天武天皇の皇后であり、のちに自ら天皇として政治を担った女性です。
飛鳥から藤原京へ、国の形が変わっていく時代の中心にいました。権力者としての緊張の中にいながら、季節の微細な変化を、これほど澄んだ目で捉えていたのです。
そのこと自体が、この一首の不思議な魅力になっています。
歌が詠まれた背景:「天の香具山」と衣干し
「天の香具山」は、大和三山のひとつとして知られる、奈良の象徴的な山です。
古代の人にとって、山は信仰と生活が重なる場所でした。衣を干すのは、湿気が増える季節に向けた暮らしの知恵でもあります。
白い衣が風に揺れる景色は、ただの生活風景でありながら、どこか儀式のように清らかです。その光景が見えた瞬間、作者の中で「夏が来た」と確信が立ち上がったのでしょう。
千年の時を超えて:管理人独自の解釈

では、ここからはこの歌が今を生きる私たちの感覚とどう向き合ってくるのかを、管理人自身の言葉で綴ってみたいと思います。
エッセイ:夏は、静かに始まる
この歌の好きなところは、「夏が来た」と断言しないところです。“来たらしい”という柔らかさ。それは、季節の変化が、いつも境目のないものだからだと思います。
昨日まで春だったのに今日から夏。そんな切り替わりは、自然の中にはありません。でも、ふとした瞬間に気づく。光の強さ、風の乾き、肌に触れる空気の温度。
そして、この歌では「白い衣が干されている」という、人の営み。夏は、誰かの暮らしの中で静かに始まり、私たちはそれを“見て”知るのです。
1300年以上の昔にも、日本には夏が来て、そこに住む人々の暮らしがあったのだと思うと、時を超えてその白い衣が風に吹かれる景色さえ目に浮かんできます。この短い歌の中で、ここまで豊かな風景を描き出せる作者の力量に、あらためて目をみはります。
「春過ぎて」へ応える一首(自作短歌)
ベランダに
真っ白なシャツ
ひるがえり
夏来しことを
告げる白南風(しろはえ)
— YUKI
もし持統天皇が現代に生きていたなら、同じ感覚で、このような光景を見つめたのではないか。そんな思いを込めた返歌です。1300年の時を超えて、私たちの夏のことも彼女に知って欲しいと思い詠みました。

この一首「春過ぎて」の澄んだ初夏の気配が、皆様の中にもそっと灯りますように。また次回、新たな和歌の世界を一緒に旅しましょう。
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※絵札画像出典:Wikimedia Commons/パブリックドメイン


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