【万葉集・日英独訳】近江の海(柿本人麻呂) ― 滅びた都を旅し、永遠を想う

夕暮れの琵琶湖と静かな水面 万葉集

新しいものが次々と生まれる現代。ふと、消えてしまった景色や、もう会えない誰かを想って胸が締め付けられることはありませんか? 今回は、そんな『喪失感』を美しく昇格させた、柿本人麻呂の旅の歌をご紹介します。

和歌の基本情報と多言語訳

YUKI
YUKI

まずは、原文と多言語訳から、この歌を見てみましょう。

和歌(原文)

近江の海
夕波千鳥
汝が鳴けば
心もしのに
いにしへ思ほゆ

― 柿本人麻呂

おうみのみ
ゆふなみちどり
ながなけば
こころもしのに
いにしへおもほゆ

現代語訳

琵琶湖のほとり、 夕波に舞う千鳥よ。
おまえが寂しく鳴くと、 私の心はなよなよと打ちひしがれ、
かつての都の栄華が思われてならない。

英語訳 (English Translation)

O, plovers of the evening waves on the Sea of Omi
— When you cry out,
my heart withers in deep sorrow,
and I yearn for the days of old.

ドイツ語訳 (Deutsche Übersetzung)

O, Strandläufer der Abendwellen am See von Omi —
Wenn ihr so klagend ruft,
beugt sich mein Herz in tiefem Gram,
und ich gedenke der glanzvollen alten Zeit.

作者と、この歌が詠む景色

YUKI
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続いて、この歌を詠んだ柿本人麻呂という人物と、この歌が何を詠んでいるかみていきましょう。

作者:柿本人麻呂

柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)は、飛鳥時代(7世紀末)の歌聖です。万葉集を代表する歌人で、公的な行幸に随行した「旅の歌(羇旅歌)」に多くの傑作を残しています。

※この歌は、万葉集巻三(266番)に収められた、人麻呂の代表的な旅の歌の一つです。

この歌は何を詠んでいるのか

この歌が詠んでいるのは、「かつて栄えた場所が、今は静まり返っているという無常観」です。

人麻呂は、かつて天智天皇が都を置いた「近江大津京」の跡地を旅していました。そこはかつて日本の中心でしたが、壬申の乱を経て、人麻呂が訪れた時には荒れ果てた土地になっていました。

この歌は、変わらぬ自然(琵琶湖の波と鳥の声)と、失われた人間社会の対比を切り取っています。

なぜ「千鳥の声」が旅の歌になるの?

この歌には「旅」という直接的な言葉はありません。しかし、夕暮れの波打ち際で独り、鳥の鳴き声を聞きながら立ち尽くす姿こそが、万葉集における「旅情」の極致です。

景色を説明するのではなく、「音(鳥の声)」が心の引き金(トリガー)となって過去の記憶を呼び起こす。その心理描写を描いているからこそ、時を超えて読む側の心に響くのです。

管理人独自の解釈

YUKI
YUKI

最後に、管理人の目から見たこの歌の感想を自由に綴ってみます。

現代で言うと、どんな場面?

廃校になった母校のグラウンドに立ったり、かつて賑わっていた古い商店街を歩いたりしたときに、ふと聞こえる風の音や遠くの鳥の声。 あの、「自分だけが取り残されたような、胸が締め付けられる感覚」は、現代の私たちもよく知っているはずです。

この歌は「寂しい」と嘆くだけの歌ではありません。失われたものを大切に想う「心の優しさ」を肯定している歌に見えます。寂しさを感じられるのは、そこに確かな「輝き」があったことを知っているからに違いありません。

返歌

ビル並び
街の明かりは
増すけれど
消えたあの日の
声を探して

― YUKI

かつて近江の都が荒れ果てていったように、現代の街も日々新しく塗り替えられていきます。高層ビルが建ち、夜も明るくなりましたが、便利になればなるほど、かつてそこにあった人の温もりや、大切な誰かとの会話が失われていくような、そんな寂しさを詠んでみました。

YUKI
YUKI

かつての栄光や賑わいを失った場所を見る時の、あのもの悲しさを感じていただけましたでしょうか。では次回もまた別の和歌の世界でお会いしましょう。

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