誰かを待っている時、ふと物音がしただけでも「あの人?」と思ってしまう。そんな経験はありませんか? 千年以上も昔、風に揺れる簾の音を『あの人が来たのかも』と期待してしまった女性がいました。今回は、額田王が詠んだ切なくも愛おしい恋の歌をご紹介します。
和歌の基本情報と多言語訳

まずは、原文と多言語訳から、この歌を見てみましょう。
和歌(原文)
君待つと
我が恋ひ居れば
我が屋戸の
簾動かし
秋の風吹く
— 額田王
きみまつと
わがこひをれば
わがやどの
すだれうごかし
あきのかぜふく
現代語訳
あなたを待って恋しく思っていると、
家の簾を揺らして、
秋の風が吹いてきます。
英語訳 (English Translation)
As I wait for you—
sitting here, longing—
the autumn wind passes,
stirring the bamboo blinds
at my home.
ドイツ語訳 (Deutsche Übersetzung)
Während ich auf dich warte
und mich nach dir sehne,
weht der Herbstwind vorbei
und bewegt leise
die Bambusvorhänge an meinem Haus.
作者と、この歌が詠む景色

続いて、この歌を詠んだ額田王という人物と、この歌が何を詠んでいるかみていきましょう。
作者:額田王
額田王(ぬかたのおおきみ)は、飛鳥時代(7世紀)の歌人で、万葉集でも特に名高い女性歌人の一人です。宮廷に仕えたとされ、恋の歌や、場の空気を捉える歌に優れ、のちの和歌の感性にもつながる繊細さを持っています。
※この歌は、万葉集巻四(488番)に収められた、額田王の代表的な恋の歌(相聞歌)の一つです。
この歌は何を詠んでいるのか
この歌が詠んでいるのは、「待っている心が、勝手に期待してしまう瞬間」です。
誰かを待っているとき、外で音がしたり、簾がふっと揺れたりすると、一瞬「来たのかもしれない」と思ってしまう。でも次の瞬間、それがただの風だと分かる。
この歌は、その ほんの一瞬の期待と落胆 を切り取っています。
なぜ「簾が動く」だけで恋の歌になるの?
この歌には「会いたい」「来ない」「寂しい」という言葉がありません。それでも恋の歌として響くのは、「待っている側の心が、風の動きにさえ意味を与えてしまう」その状態が描かれているからです。
恋を説明しているのではなく、恋をしている心の癖を描いている。だから読む側も、自分の経験と重ねてしまいます。
管理人独自の解釈

最後に、管理人の目から見たこの歌の感想を自由に綴ってみます。
現代で言うと、どんな場面?
スマホを伏せて待っているときに、通知音が鳴った気がして画面を見たら、何も来ていなかった。あの感覚は誰でも覚えがあると思います。
この歌は「切ない恋」を美しく飾った歌というより、期待してしまう自分を分かっていて、それでも待ってしまう弱さを、静かに肯定している歌に見えます。
風だったと分かっても、その一瞬、心が跳ねたこと自体は、間違いでも恥でもない。そう言われている気がするのです。
返歌
待つほどに
冷たく光る
画面見て
返信まだかと
耳を澄ませる
— YUKI
スマホを見ながら、愛しい人からの返事を待っている。その時間がとても長く感じられ、見慣れた画面さえも冷たく感じられてしまう。その切ない思いを歌にしてみました。

恋人を待ちわびる女性の気持ちは、千年の隔たりがあろうとも変わらないのですね。それではまた次回、別の和歌の世界でお会いしましょう。



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