百人一首第8首は、喜撰法師による一首です。
都の中心から少し離れた場所に住む自分を、人は「世を儚んで山に逃げ籠った」と評する――その言葉を、どこか淡々と、しかし皮肉を含んで受け止めている歌です。
この記事では、この歌が描く立場と距離感を、日本語・英語・ドイツ語の翻訳とともに読み解きながら、「世俗から距離を取って生きる」という感覚を探っていきます。
和歌の基本情報と多言語訳

まずは、原文と多言語訳から、歌の姿を確かめてみましょう。
和歌(原文)

わが庵は
都のたつみ
しかぞ住む
世をうぢ山と
人はいふなり
— 喜撰法師
英語訳
My humble hut
lies southeast of the capital—
I live there quietly,
though people say
I have fled the world to Mount Uji.
ドイツ語訳
Meine einfache Hütte
liegt südöstlich der Hauptstadt.
Dort lebe ich still,
auch wenn die Menschen sagen,
ich sei in den Uji-Berg vor der Welt geflohen.
現代語訳と歌が描く情景
私の庵は、
都の南東にあり
ただこうして暮らしている。
それなのに人は、
私が「世を捨てて宇治山に籠もった」と言うのだ。
「わが庵は」はどんな情景を描いているのか
歌に描かれているのは、深い山奥ではありません。都から少し離れた場所に建てた、小さな庵。それにもかかわらず、周囲の人々は「世捨て人」のように語る。
この歌は、事実と評価のズレを、静かに示しています。自分では「ただ、こうして住んでいるだけ」なのに、外からは「世を厭い、山に逃げた人」に見えてしまう。その距離感が、この一首の核です。
作者と歌が詠まれた背景を深掘り

続いて、この歌を詠んだ喜撰法師と、歌が詠まれた背景を見ていきましょう。
作者について:六歌仙のひとり、喜撰法師
喜撰法師は、平安時代初期の歌人で、「六歌仙」の一人として知られています。ただし、その生涯については不明な点が多く、実像はほとんど伝わっていません。
出家した人物とされますが、完全に世を捨てた隠遁者というより、都と距離を取りながら生きた人物像が、この歌からは浮かび上がります。
名声よりも静けさを選び、人の評価を完全には否定せず、しかしそのまま受け入れるわけでもない。喜撰法師は、そうした微妙な立ち位置に身を置いていたのかもしれません。
歌が詠まれた背景:都に近い「山」と、世俗からの距離
「庵」とは、僧や世捨て人が住む仮住まいの小屋という意味です。また、「都のたつみ」とは、都の南東方向を指します。宇治は、都から遠く隔たった秘境ではなく、比較的行き来しやすい場所でした。それでも当時の人々にとって、都を離れて庵を結ぶことは、十分に「世を捨てた」行為に映ったのでしょう。
また、「しかぞすむ」というのは「鹿が住んでいる」という意味ではなく、
しか:副助詞(=それだけ・ただ〜だけ)
ぞ:強意の係助詞
すむ:住む
つまり、「ただ、そうして住んでいるだけだ」「ほかでもなく、こうして住んでいる」という意味になります。
喜撰法師は、庵に心穏やかに暮らしながらも、自分が語られている姿を知った上で、それを否定も誇張もせず、そのまま歌にしています。この歌には、実際の都からの距離ではなく、世俗からの距離が描かれています。
千年の時を超えて:管理人独自の解釈

では最後に、管理人の視点から、この歌を現代の暮らしと重ねて考えてみます。
エッセイ:世を捨てたのではなく、距離を置いただけ
この歌を読んでいると、喜撰法師という人物は、「孤独を愛していた」のではないかと想像します。「世を捨てる」と「距離を置く」は、まったく別のことであり、喜撰法師は、都から完全に姿を消したわけではありません。ただ、自分にとって心地よい場所を選び、そこで静かに暮らしている。
実際にはただそれだけのことなのに、周囲は意味づけをし、物語を作り、「世捨て人」「変わり者」と名付けてしまう。
現代でも、似たことはよくあります。少し立ち位置を変えただけで、「逃げた」「離脱した」と語られてしまうこと。群れをなさないと、「変な人」と呼ばれてしまうこと。この歌は、そうした外部からのレッテルを、感情的にならず、淡々と受け止める姿勢を示しています。強く否定しない。けれど、自分の選択を恥じてもいない。
その静かな距離感こそが、この一首のいちばんの強さなのだと思います。
「わが庵は」へ応える一首(自作短歌)
寂しくは
ないのですかと
人は問う
静けさ愛でる
独り身の城
— YUKI
この返歌は、「寂しくはないのか」という他人の問いを、そのまま冒頭に置くことで始まります。語り手は答えず、感情も説明しません。代わりに示されるのが、「静けさ愛でる」「独り身の城」という現在の在り方です。
ここでの「城」は、「一人で落ち着いて暮らすための家」を指しています。外からは孤独に見えても、内側では静けさに満足している。世間の評価と自分の実感のあいだに、静かに距離を置く姿勢を表した返歌です。喜撰法師も自分の庵での暮らしに満足していたのだと思います。

「わが庵は」は、声高に主張することなく、生き方そのものをそっと示してくれます。それではまた次の和歌で、千年の言葉を読み解いていきましょう。
その他の『雑歌』も、こちらのページからご覧いただけます。
※絵札画像出典:Wikimedia Commons(パブリックドメイン)


コメント